澤木興道の『禅の心悟りのうた-証道歌を味わう』からの抜粋です。（p216--）


●天地一杯の戒

　そこでこの得戒----戒体発得ということがはっきりしていなければならぬ。戒体発得すれば，ちょうど種子をまいたような理屈に，生きている間は，生々世々芽を吹いて，だんだんだんだんふくれてくる。

　この戒体発得にはいろいろな種類がある。

・善来得戒

お経の中には，お釈迦さんが弟子を善来----，「ようやってきたな」と言って頭をなでると，髪地に落ち，衣身にかかる----髪の毛がパラッと落ちて，お袈裟が身体にかかったとある。つまりお釈迦さんが肩のところへ来て，お釈迦さんから頭をなでてもらって「善来」と言われたら，戒体発得する。これは仏在世に限る。

・自誓戒（仏も何もないところで…）

これは好相を見るという，つまり仏さんが出てきて頭をなでなさるまでそこで修行をしている

・三帰得戒

帰依仏，帰依法，帰依僧，これによって戒体発得する。これは信仰をもってする。

・道共戒（見諦得戒）

真理を一分見た時，つまり一分悟りを開いた時に，この戒体を発得する

・定共戒

入定----禅定三昧に入っている時，この時には戒法を犯しはせぬ

それから当たり前の受戒で三師七証によって戒法を受けるのである。戒師，教授師，羯磨阿闍梨，これを三師という。また，これらの人々と徳を同じくする七人の僧を証人とするので，七証という。その作法にしたがって戒法を得るのである。

　最初，日本では奈良の大仏さんに戒壇を築いて戒法を授けた。かの鑑真和尚が中国から渡って十五年かかって，法難にあい水難にあい，五遍も失敗して，ようよう日本へ渡った時には眼がつぶれて失明していた。その時に，聖武天皇から迎えられた。聖武天皇，光明皇后をはじめ，文武百官がことごとくこの戒法を受けた。それが日本の戒法の始まりである。それから中国ばかりではいかぬというので，西国には筑紫の観世音寺に戒壇を築き，東国には下野に薬師寺を建てた。薬師寺は道鏡が流された所で，観世音寺は菅原道真が流された所である。

　今，宗門の戒は自性妙霊であって，ふつうに言うような，小乗を捨てた大乗，迷いを捨てた悟り，非を捨てた是というようなものでなく，天地いっぱい，宇宙いっぱいの自性霊妙をつかむことである。理屈を知ることでなく，本当に自己に向かって修行して，身をもって行ずることである。それがつまり「仏性の戒珠　心地に印す」----この仏性戒がわが物になったのである。

　いっさい万物ことごとくこれ，自性妙霊である。『信心銘』の中に「真を求むることを用いざれ，唯須らく見を息むべし」とある。
　雲はれて後の光と思うなよ　元より空に有明の月
である。もとより空に有明の月，この自性妙霊をよく得心すれば理屈も何もいらぬ。仏さんと自分がちっとも違わぬことをよく納得すれば，人間は無駄なもがき，無駄なあがきはせんでもよい。これが絶学無為の間道人である。絶学無為の間道人とは別に遠方にあるのではない。この「仏性の戒珠心地に印す」つことであり，仏性戒がわが境涯になったことである。

　この仏性戒は『梵網経』の中に，
　「色に非ず，心に非ず，有に非ず，恁麼に非ず，因果に非ず，諸仏の本源，菩薩の行を求むる根本なり，汝処仏子の根本なり」
とある。これが「仏性の戒珠心地に印す」である。仏とわれとちょっとも違わない，この仏性戒が，よく得心のいったことである。

　仏教では，何を戒体とするのかといえば，思の心所から起こるところの，第八阿頼耶識の内容となる種子をもって戒体とする，とアマ，えらい難しいことがある。これを宗門的に，禅宗でいえば信仰をもって戒体とする。戒相もいろいろ言い方があるが，定慧あいたすけて運転自在になるもの，それが戒相である。宗門でいえば本来の面目である。

　戒行というは，戒から起こるところの禅定，智慧の行いである。これを禅の方からいえば，不染汚の修証である。戒法は，教学のうえからいえば五八十具で，五戒，八戒，十戒，具足戒となるけれども，宗門でいえば十六条戒の戒法である。
『正法眼蔵』受戒の巻に，
「西天東地，仏祖相伝しきたれるところ，かならず入法の最初に受戒あり，戒をうけざれば，いまだ諸仏の弟子にあらず，祖師の児孫にあらざるなり。離過防非を参禅問道とせるが故なり。戒律為先の言，すでにまさしく正法眼蔵なり，成仏作祖かならず正法眼蔵を伝持するによりて，正法眼蔵を正伝する祖師，かならず仏戒を受持するなり，仏戒を受持せざる仏祖あるべからざるなり」
こう決めつけられている。だから受戒ということは，仏教者は必ずしなければならぬことは決まっている。