●第10話　生きた目をひらいて●
　　さきに生命の計算ということを申し上げましたが，典座の職としての計算にとって一番大切なことは，やっぱり，このつぎ何をどれだけ，食事として用意するかを考えることでしょう。

「一粒米（いちりゅうべい）を喫するに一粒米を添え，一粒米を分ち得ればかえって両個の半粒米を得。三分，四分，一半，両半あり。他の両個の半粒米を添うれば，すなわち一個の一粒米と成る。又九分を添えて剰り幾分を見，今九分と収めて陀れ幾分と見る。」

　ここは典座職における大体の計算の話。禅と計算と言えば，なんだかあっちとこっちで全然違うところの話の様に聞こえるが，道元禅師の行持綿密の家風においては，決してそんなことでないことがわかる。

　典座職における計算とは，叢林で生活している人たちの食事を用意するとき，季節や他の食事との兼ね合いや人々の体調など一々をアタマのなかにえがいて，ちょうど適量の食事を，最高のおいしさで用意すること，ということになる。その計算とは…・

　たんなる知性の計算以上の，「生命の計算を」，「生きた目をもって」せねばならぬということこそが，道元禅師の教えではないでしょうか。

「一粒の盧陵米（ろりょうべい）を喫得して便ちイ（水さんずい＋爲）山僧を見，一粒の盧陵米を添得して又水コ（牛＋古）牛を見る。水コ（牛＋古）牛，イ（水さんずい＋爲）山僧を喫し，イ（水さんずい＋爲）山僧，水コ（牛＋古）牛を牧す。」

　盧陵米には，次のような古則がある。

「僧問青原。如何是仏法大意。原云。盧陵米作麼価（なんノゾ）」

僧が青原行思和尚に「いかなるかこれ仏法の大意」ときいたら，青原和尚が，「いま盧陵（ろりょう：地名）ではお米の値段はいくらしているかね」といった。

　古則公案…。わからないなぁ〜…といって，解説を聞いて，ハァハァと納得してもつまらない。でも知りた〜い！内山老師は，次のように解説する。

　仏法といえば毎度申しあげるように諸行無常であって，キマッタものがあるというべきではありません。しかし「キマッタものはない。諸行は無常なのだから」と，キメテしまえば，かえって「キマッタものがる」ということになってしまいます。むしろ仏法としては，本来キマッタものが何もないところに，一応キマッタものがあるのを見，ここに実際の生活行動をするのでなければならないのです。

さらに…

その点「仏法は口ではいえぬ」とキメテしまっていいわけではなく，口で説けるところまでは説くことこそ，仏法でなければなりますまい。その点こんな古則公案についても，ほんとは口でいえるものではないわけですが，一応の説明として，いまの私は申しあげているわけです。

ちなみに，私は内山老師のこういうところが好きナノだ(^^)。

　イ（水さんずい＋爲）山僧，水コ（牛＋古）牛には，次のような話がある。

「イ（水さんずい＋爲）山禅師示衆云。老僧百年後，向山下檀越家作一頭水コ（牛＋古）牛於右脇下書五字。云イ（水さんずい＋爲）山僧某甲。此時若喚作イ（水さんずい＋爲）山僧又是水コ（牛＋古）牛。喚作水コ（牛＋古）牛又云イ（水さんずい＋爲）山僧某甲。且道喚作甚麼即得」

イ（水さんずい＋爲）山霊祐和尚があるときいいました。「わしが死んだら，山下の檀越の家の牛となって生まれ変わるだろう。そしてその牛には右脇に『わしはイ（水さんずい＋爲）山だそよ』と書いておく。この場合『やあ，これはイ（水さんずい＋爲）山和尚だ』といったら，『一頭の牛』でしかないのだし，『これは牛だ』といったら牛ではない『イ（水さんずい＋爲）山僧』である。------さてこのとき何んと呼ぶべきか

　この話も，先の古則と同様，「本来キマッタものが何もないところに，一応キマッタものがあるのを見，ここに実際の生活行動をするのでなければならない」という内容。

　だいたいわれわれ，「自分」というものが「キマッテある」と思っておりますが，じつは決して「自分としてキマッテまる」ものはありません。肉体は刻々に新陳代謝して変化しているのだし，意識はつねに流れているのであって，何をもって「自分」と呼ぶべきか-------一つも自分というキマッタ梅干のタネみたいなものはないわけです。しかしこのキマラヌところ，一応やはり自分，自分と呼んでいるいるものがないわけではない。その点上の盧陵米の話とおなじく，キマルとキマラヌとの交錯です。

さらに…

仏法は結局このキマルとキマラヌとの交錯するところの生命を生命として発現しようというのですから，話はむずかしくなります。しかも『典座教訓』では，この二つの古則をつかって，もっと微妙な生命の働き発現を表現しようとしています。

　「一粒の盧陵米を喫得して便ちイ山僧を見る」と同時に，「一粒の盧陵米を添得して又水コ牛を見る」ことでもある。つまり，われわれは，人間社会で値段のキマッタ米を食べ生きているけれども，この生きた肉体をもって仏道修行すれば，これは無量無辺の仏現成である（一粒の盧陵米を喫得して便ちイ山僧を見る）。仏道修行しないなら一個の肉体でしかない（一粒の盧陵米を添得して又水コ牛を見る）。

　また，この肉体は，キマッタものではなく，キマラナイものでもない。とにかくこの肉体をもって坐禅するかぎりは「水コ牛，イ山僧を喫す」である。肉体＝＞水コ（牛＋古）牛，坐禅＝＞イ山僧。

　ということなら，水コ牛はポイっとして，イ山僧だけとりあげればいいかというと，決してそうではない，と言う。

　坐禅はこの肉体をもった生活のなかに働けばこそ仏法なのです。

さらに… わたしたち，一方ではいつもグズリたいような自分をもっておりますが，こんなグズリたいような凡情を捨てて，仏法があるのではありません。むしろかえって，こんなグズリたい凡情を，「おおよし，よし，坊やはよい子だ。ネンネしな」と，お守りしてゆくのが，仏法でもあり，坐禅でもなければならないでしょう。

　これが，「イ山僧，水コ牛を牧す」ということ。「牧す」ナノだ。

吾れ量得すや也未（またいま）だしや。ナンジ（人にんべん＋爾）酸得すや也未だしや。検し来たり点じ来たりて，分明に分暁し，機に臨みて便ち説き，人に対して即ち道（い）え。且つ恁（かく）のごとく功夫すること，一如二如，二日三日，未だ暫くも忘るべからざるなり。

　やあ大変なことになりました。『典座教訓』は食事を調える役の教えだといいましたが，こうなると典座の役こそは，まったく，生き生きした仏法参究の道場であることが，よくわかります。

　一如＝仏と衆生と一如。二如＝仏と衆生と別々。

これも仏と衆生と本来は別々のものとキマッテいるわけではありません。しかし一応，仏と衆生と別々にみて，そこに仏法を志して修行するわけです。けれどこの場合，もし仏を向こう側にみ，これをアテにして作仏するために修行するとすれば，全く見当ちがいといわねばなりません。そうではなく，どこまでも仏衆生一如のところに，ただ「仏行を方向として働く」（生命現成）ところ，一如二如の意味もあります。

さらに…

また，「二日三日，未だ暫くも忘るべからず」とは，仏道修行は永遠でなければなりませんが，しかし，今，ここ，二日三日，従昼至夜，生生世世つとめてゆく------この態度姿勢こそが永遠現成だということなのです。